こちらの記事は以前投稿したものの、再投稿です。
同じクラスの一部保護者への
苦言めいた表現をしたので削除していました。
ただ、ミオパチー関連でこのブログに辿り着いてくれた方がいたので
一部内容を削除しての再投稿です。
〜以下前回投稿分〜
先週、息子君の通う保育園の運動会がありました。
息子君は、今の保育園に年少(3歳)から通っているので、3度目の運動会です。
そして、年長なので最後の運動会。
先生も子供たちも力が入り、親達は期待に胸を膨らましていました。
思い返せば2年前のはじめての運動会、息子君は朝から大泣きでした。
先生に引き渡した際に大暴れで号泣。
その流れでしゃくりあげながら行進。
引き続きしゃくりあげながら準備運動。
その後、泣き止みはしたものの終始一点を見つめ放心状態。
ダンスも魂の抜けた表情で棒立ち。
他のクラスの競技を見ているときも、一点を見つめ三角座り。
運動会に来てくれた両親と
「あの表情は一体・・・」
と、放心状態の奥にある気持ちを考えたものでした。
それが、今回。
朝からやる気満々。
ニコニコで運動会に臨みました。
もうすぐ6歳の息子君。
ゆっくりと成長してはいますが、運動発達、理解ともに同じ年齢の子には及びません。
今回の運動会も、ダンスや太鼓の練習で、ついていけてはいなかったようです。
練習中ぼんやりしたり、石をいじりだしたり、集中できていない様子を先生から聞いていたので少し心配でした。
でも当日、準備体操やダンスはしっかり自分の立ち位置で、覚えている箇所はなんとか振りを踊っていました。
太鼓は親子太鼓だったのですが、パパと立派にやり遂げていました。
年長競技に跳び箱と鉄棒があります。
跳び箱は跳べないので、3段をよじ登って腕の力で前進し降りてポーズをとりました。
鉄棒は先生に手伝ってもらいながら、豚の丸焼きをしました。
そして、リレーでは第一走者としてお友達と手をつないで走りきりました。
遅いから、というよりも丸いトラックを走る時に他が気になって、あさっての方向に行ってしまうからだと思います。
以前に先生から、そんなようなことを聞いたことがありました。
全て笑顔でやり遂げ、嫌がったり恥ずかしがったり怖気づいたりなんかしていませんでした。
我々両親は常々
息子君が「できない事」でやる気をなくしたり気後れしたりすることを懸念しています。
今のところ、息子にはあまりそうゆうところはありません。
もちろん、「自分は周りに比べ、できないことがある」というのには気づいていて、時折そんな事を口にします。
できないことで、諦めが早いこともありますし、赤ちゃんの頃から「自分で」という主張も少ないです。
それらの点はもちろん親として悩ましく、何とか「自分で」という気持ちを持ってもらいたい思いはあります。
ただ、今のところ他者と自分を必要以上に比べ、落ち込んでいる素振りがないのは、今後もそうであって欲しいなと思うのです。
まだ小さいし、息子君の明るい(時におめでたいくらいの)資質もあると思いますが、環境に助けられている点も大きいです。
今回の運動会もそうですが、いつも行事の度に側にいるお友達が自然に手を差し伸べてくれます。
先生も、息子君の出来ることを一緒になって心から喜んでくれます。
人と比べるのではなく、子供一人ひとりをみていてくれる点、本当に先生に恵まれたなあと思います。
息子君の筋肉の病気の主治医が常々、
子供は先生によって変わる。
でもいい先生に出会えるか、それは運。
と言います。
保育園では先生に恵まれました。
小学校もそうであって欲しいなと願うばかりです。